虚構はしょせん虚構に過ぎない。だが虚構を求める人々の心は「真実」だ
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「今どきの母親」という神話 (2004.08.22 Sunday) [セコい神話]
 ●『最近』の女性は子どもを生みたがらない
 「最近の若者たちは子どもを生みたがらない。とくに若い女性が子育てを嫌がる傾向は目に余るものがある。どの家も子どもは一人か二人になった。このままでは国が衰退してしまうだろう」

 WEDGE 1999年8月号
 この文章はある政治家の発言ですが、これを聞くと昨今の少子化を憂う識者たちは「うむ、その通りだ」とうなずきたくなるでしょう。
 最近の女性からは母性愛が薄れてしまい、子どもを生みたがらないという嘆かわしい状況が続いています。今の女性たちは「経済的負担が大きい」「子育てよりも自分たちの生活を楽しみたい」と考える人々が増え、その結果少子化が進んで日本の将来を揺るがす重大な問題に至っているのです。

 それに比べ昔の女性は真面目に子育てをし、子どもを立派に育て上げ、高度成長期の日本を支えた素晴らしい若者に育て上げました。今の女性は国のことを考えない怠け者です。自分のことしか考えず独身でいる者も少なくありません。
 子どもも育てず楽をしている分だけ独身税でも制定して税金を搾り上げるか、昔の方々の爪の垢でも煎じて飲ませ反省させるべきでしょう。

 ところで、識者の方々はこの嘆きが約2070年前に発言されたものだと知ったらどのように反応するでしょうか?
 発言者であるローマ帝国の政治家マルクス・トゥリウス・キケロはローマ帝国の指導者階級に少子化が進み、子を産み育てることがなくなった事を嘆きました。
 この文章を紹介した佐倉統氏は「なんともはや、人間は今も昔も変わらない存在であることか」と発言しています。

 このローマ帝国の政治家の嘆きから分かる通り、女性が子育てをしたがらないのは、近年に急に出てきた現象ではありません。日本では、既に江戸時代から子育てをしたがらない女性を嘆く傾向がありました。
 慶応2年(1866)佐久間義隣『一夜雑談』では身勝手な嫁の側が批判されています。子育てのために物見遊山もできず、おいしいご飯も食べられないのはイヤだと、さほど困窮しているわけでもないのにこどもを産まない(あるいは間引く)女がいる、と記しているのです。

 こどもが嫌いなオトナのための鎮魂曲
 しかし、これはあくまでも「生みたがらない」というだけで、子どもを生んだ後は彼女たちは立派な母親になったに違いありません。けれども、「今どきの母親」は、子育てを嫌うだけではなく子どもを生んだはいいが、上手に育てられずまともに世話もできません。その結果児童虐待が増え、正しく育たず平然と犯罪を犯すような子どもが激増するのです。実に嘆かわしいことですね。
 「今どきの母親は子育てひとつまともにできない」と言われ、母親の子育てに関する話題は週刊誌でも大賑わいです。
 月刊ウィークリーという雑誌で連載されていた「ゆれる母親たち」という記事では、
「子どもにお乳を含ませる時の歓びは女性ならではのもの。なのにどうしていまどきの母親は勝手なことばかり言うのかしら」

 ゆれる母親たち
 という発言が女性からも出ています。女性側からもこのような発言が出てきているということは、それだけ最近の母親の子育てはずいぶんと悪化してきているのでしょう。政治家からだけではなく、同性の女性からも非難がくるということは、やはり今どきの母親がダメなのは間違いありません。

 問題は、過去の素晴らしい(はずの)母親に育てられた子どもの犯罪率が高く、近年のダメダメな(はずの)母親に育てられた子どもの犯罪率が低いというデータがあるということですが、あまり細かいことは気にしてはいけません。昔はよくて今はダメだとで決まっているのです。何故って、新聞は50〜70代に一番読まれているからに決まっているではありませんか。え?データ?老眼だから見えないんだよ(暴言)。

戦後の少年凶悪犯罪件数

 では、今どきでない昔の親は母性愛に満ち溢れていて、常に慈愛を持ち続けて子どもをまともに育てることができたのでしょうか?
 母性愛の研究をしている大日向雅美氏は、決して過去の女性が常に母性愛に満ち溢れていたわけではないことを調査しました。
 1976年から1977年にかけて実施した全国調査で出会った母親たちは、滔々と子育ての意義を語り、母親の喜びを語っていた。同じ母親としてわが身が恥ずかしくなるほどに立派な母親たちであった。しかし、それは私が傍らに準備したカセットレコーダーに向けて発した言葉に過ぎなかったのである。
 (中略)
 母親たちは、テープレコーダーが卓上から消えるのを待って、ぼそぼそと本音を語り始めたのであった。
 「毎日が辛くて・・・」「先週はついカッとなって、この子をベランダから放り投げようとしたくらいなの」「こんなこと夫にもいえないでしょいってもわかってくれない。お前がおかしいといわれるだけ」等々、当時の母親たちの口から出た言葉は、つい今しがたテープレコーダーに記録された人の口から発せられたとは決して思えないほどに変身したものであった。
 (中略)
 「驚いたでしょう。こんなこというのは私だけでしょ。私は母親として、やはりおかしいのよね」という言葉を必ず添えていたのである。

 こころの科学
 大正時代に創刊された育児書には、当時の母親が乳児の世話も一つもまともにできず、なんとも嘆かわしいことだといった指摘が、医者や教育学者などから寄せられている。たとえば、そのうち一つは「私は赤ん坊であります」という書き出しで始まる。「我が輩は猫である」をもじった書き出しだが、そこには当時の母親がいかに子育ての適正を欠いているかが、赤ちゃんの声として語られている。(中略)母親が泣き声の意味も聞き分けられず、おむつもろくに替えず、乳を与える時間も定かではないことが嘆かれている。子どもの教育を母親に任せるのはもはや心もとないとして、「哺乳児教育所」の設立を提唱している医師もいる。

 母性愛神話の罠
 あれ?昔の母親って常に慈愛の満ち溢れ、子どもを正しい方向へ導く聖母のような存在ではなかったのですか?
 これを見る限り、今の母親と昔の母親の違いは、本音を言い出すか言い出さないかの違い程度しかないのですが、その本音が世の識者にはお気に召さないようです。
 子どもに対しては「今の子どもは本音を出さず何を考えているか分からん」といい、子育てをする母親には「最近の母親は本音を語ってけしからん」と主張します。こういう識者のほうが何を言っているのか分かりませんが、とりあえず不平不満一つ言わず、常に慈愛を持ち続ける女神様しか現在の日本では許されないようです。
 このような考えを持つ人物をオタク界では「女神様シンドローム」と呼ぶのですが、どうも真面目な方々の間には流行っていないようです。いいネーミングだと思うんですけどね。女神様シンドローム。流行語大賞に選ばれてもいいと思います。

 ●子殺しをする昔の母親
 しかし、「本音は大事だが、子どもの前では本音を隠して母親が慈愛を与えるのが大事だ」と思う方々もいるかもしれません。確かに、昔の母親は今と比べて本音を出さずに立派に育てているかもしれませんが、その反面無理をすれば必ずどこかに歪みが出るというのが世の道理です。

 ここで犯罪白書のデータを見てみましょう。
 日本では、1歳未満の子どもの子殺しを「嬰児殺」として統計にカウントしています。この数字を追ってみると、昭和30年代には親の子殺しは年間200件ほど起きていたのですが、昭和50年代には150件ほどになり、2002年ではわずか33件と現代に近づくほど殺人数が激減しています
 一応付け加えておきますと、嬰児殺の9割は母親によるものなので、過去に赤ん坊キラーの変態が暴れまわったわけでもありません。

 小説家村上龍が、親がコインロッカーに子どもを置き去りにするという社会問題をテーマに「コインロッカ−・ベイビーズ」という小説を書いたのは1980年。20年以上も前の話です。

 おかしいですね。母性愛が薄れ子育てが未熟になった今の母親による子殺しが激減し、慈愛に満ち溢れていたはずの昔の母親の方が子殺しが多かったのはなぜ?
 恐らくこの数字は、中絶が今ほど一般的ではなく誰にも話さずに密かに生んでしまった子どもを始末した数がかなりの割合で含まれていると思いますが、それにしても多すぎです。

 そもそも、母親が子育てで不満を表現するのは子どもにとっても必ずしも悪いとは言えません。不満を外に出す母親なら、本当にやばくなったときに周囲の人間が状況を把握できますが、不満を現さなければ子どもを殺したいと思っても外からうかがい知る事はできません。これは非常に危険なことです。

 結局のところ、女性に母性愛を押し付けても、それで目覚めるということはまずないですし、むしろ無用なプレッシャーが現在の少子化に繋がっている面が多少なりと存在するでしょう。まあ、少子化の原因が何かというのは別にしても、過去を美化して今を責めるのが建設的とはどうにも思えません。

 え?自分の世代を美化して人を責めるのは楽しい? 正直ですね。素晴らしい。そう、人間なんてそんなものです。イタリア生まれのパオロ・マッツアリーノ氏は今も昔も人間はいいかげんだという「人間いいかげん史観」を唱えました。私もその通りだと思います。人間は今も昔も将来も変わらずいいかげんなのです。子育ても理想通りに行くと思ったら大間違い。立派でないとダメだという肩の荷を降ろし、「たまには上手くいかないときもある」と開き直ってみてはどうですか?


・「今どきの母親」は紀元前からのテーマです。
・江戸時代でも子育ては嫌がられました。
・素晴らしい母親に育てられたほうが、ダメな母親に育てられるよりダメ人間になります。
・新聞も商売なので50〜70代の機嫌を損ねることはできません。
・昔の母親は今よりも子どもを殺しています。
・母性愛の押し付けは少子化を生みます。
・たまには開き直ってみましょう。
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