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第ニ章「強盗件数の増加をどう見るか」 (2005.01.20 Thursday) [論文]

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第二章 強盗件数の増加をどう見るか

 1節 強盗件数の増加

 犯罪白書及び警察白書の統計により、青少年の殺人件数などが増加していないことが分かったが、強盗に関しては確かにここ数年の傾向ではあるが増加していることは事実である。では、少なくとも強盗に関しては「少年犯罪の凶悪化が進んでいる」と判断してもかまわないのであろうか。
 【図8】を見れば分かるとおり、強盗件数は戦後からしばらくは高い数値をキープしていたが、70年代にかけて急激に減少し、1975年から90年代まではほぼ横這いで推移していた。しかし、97年前後を境に少年の強盗件数は急激に増加していることが分かる。

 この97年の前後だけが高くなっているならば、あくまでも一過性によるものと見ることも可能であるが、実際は前年に及んでも高い水準のまま推移している。
 つまり、殺人などはともかく、強盗に関しては青少年の凶暴化が推進されていると一見判断できそうに思える。

 しかしながら、現実はそう単純なものではない。1997年以後の強盗件数の増加は少年の凶悪化によるものではないのである。
 通俗的なイメージでは、強盗と聞けば映画やドラマなどに見られる凶悪な事件を連想しがちな傾向がある。しかし、現実の強盗事件に日々接している人々の証言によると、少年の強盗事件の増加はそれほどドラスティックなものではなく、むしろ少年の凶悪性には無関係にな、取り締まる側の意図によるものだということが分かる。

 世論の関心が非行データに影響することは、20年以上も前から大村英昭などによって指摘されている。(11)
 例えば、80年代初頭に粗暴犯が急増したのは、70年代後半に社会問題となった校内暴力に対し、学校側の対応が変更され、多くの中学校が警察に通報するようになったためである。
 このことは、強盗事件の内訳を見ることでも分かる。青少年凶悪化言説からすると、「強盗致傷」「強盗強姦」「強盗致死」のうち、強盗致傷の数が増えているかのように判断されるが、実際は強盗致傷は大幅に増えているものの、手口の凶悪な強盗強姦と強姦致死とは増えておらず、「恐喝との境界線に近いケースが増えているのではないか」と堀康司によって分析されている。(12)

 公式な統計によると、第三の波以降は少年人口の減少もあってか、少年犯罪の数は減少している。ところが、1990年代後半の少年によるごく例外的な特異な事件が発生したことにより、少年犯罪が増加したという言説が広まり、大きな社会問題となった。また、同時に現行の少年法は少年に対して甘すぎると言われ、それを受けて警察は非行少年の補導や検挙活動を強める方針を打ち出したのである。

 かつて、少年が金品を脅し取った後に被害者に暴行を加えた場合、「窃盗及び傷害の容疑」として検挙されていた。しかし、1997年6月3日に行なわれた全国警察少年担当会議で、関口警察長官は「悪質な非行には厳正に対処、補導を含む強い姿勢で挑む」という方針を打ち出した。その方針に沿い、警察庁は8月に「少年非行総合対策推進要綱」を制定し、悪質で重大な少年犯罪に対してはより重く取り扱いことを決定したのである。

 ある家庭裁判所の長官は「万引きを発見されて逃げようとして店員に怪我をさせた少年に、警察は強盗致傷という逮捕状を取っているんです。それが検察庁の段階で窃盗と傷害に分けられて送致されてくるんですが、警察統計では強盗致傷のままです。ですから、実態と照合すれば、統計の数値は大幅に変わるはずです」と述べている(13)。

 朝日新聞2000年6月23日の記事では、東京の高校生が、別の高校に通う男子生徒を脅し、顔などで殴る蹴るの暴行を加えたうえで、金品を強奪したケースを強盗致傷容疑で逮捕されたケースが掲載されている。また、元家裁調査官の寺尾史子は、19歳の少女がCDを万引きし逃げる際に店員を突き飛ばしたという事例も強盗致傷として検挙されるようになったケースを報告している(14)。数年前は「たまごっち狩り」や「スニーカー狩り」が強盗としてしばしば検挙されてきた。


 2節 自己成就型予言

 このように、統計数字はそのまま実態を反映しているのではなく、世論の動向や警察の人員配置など、さまざまな要因により数値が左右される。これらは、近年における強盗件数の増加は、決して少年たちが凶悪化したわけではなく、むしろ「捕まえる側の都合によって数字が変化している」ことを指しているのである。

 これらの事例は、心理学の用語でいう「自己成就型予言」に分類される。
 自己成就型予言とは、意識的あるいは無意識的に、自己の予言や主観的期待に沿うような結果を生じさせる行動をとったために、自己の予言や期待通りの結果が出現する現象のことで、1997年以前は、少年の凶悪犯罪件数は増加していなかったにも関わらず、「昨今の少年は凶悪である」という世論により取締りを強化した結果、普通の人が「凶悪な強盗」だと考えない事例さえも、犯罪統計上では強盗事件のカテゴリに含まれるようになってしまった
 日本では、強盗といっても、1節で述べた事例のような些細な事件が、多く含まれているのである。

 他には、東京のコンビニエンス・ストアで、2002年に550円ほどの商品を万引きしようとした男性が店長に見咎められ、その静止を振り切って逃走するためにナイフを振り回し、揉み合いの最中で偶然にも店長を刺し殺してしまい、殺人犯として検挙されてしまったという事件が発生した。
 彼には人命を奪おうという意識は全くなく、そのまま進めばただの軽犯罪として処理されていたはずである。だが、犯行が失敗し偶然の左右によって強盗殺人犯となってしまった。土井はこの事件を挙げ、「このようなタイプの強盗犯を、たとえば計画的な覆面強盗犯と一緒に論じたのでは現実の理解を誤ってしまうことになる」と述べている(15)。

 一昔前に、青少年に有害なテレビや本などを規制しようとする青少年有害対策基本法が提唱された。このような動きは近年特有ではなく、50年近く前にも有害出版物を規制しようとする動きがあった。そのような動きに対して、藤本哲也は1958年に次のように述べている。(16)

 少年非行の原因として、その時、その時のターゲットされたマスメディアが、少年非行の波と奇妙に一致しているという点である。(中略)もし、こうしたマスメディアが、本当に少年非行の原因であるとするならば、それぞれのマスメディアの最盛期と少年非行のピーク時との間には、幾分かのタイム・ラグがあるはずである。ところが、第一波のピーク時と映画の最盛期が一致し、第二波のピーク時とテレビの最盛期が一致するということは、少年非行の原因が映画にあり、テレビにあるというのではなくて、それぞれのピーク時に、少年非行の専門化が、逆に、その原因をそれぞれのマスメディアに求めたことによるのではなかろうか。一九八三年の第三波のピーク時において、われわれがティーン雑誌に代表される有害出版物やテレビにその原因を帰そうとするのと五十歩百歩の態度であるといえるであろう。

 藤本哲也『比較法雑誌十九巻』-マスメディアと有害性の概念-

 本来、青少年犯罪とポルノなどを代表とする有害出版物に因果関係が確認されていないにも関わらず、無理に因果関係を見出して弾圧するという構図が50年近くも前から存在していたことがわかる。
 この自己成就型予言は、少年たちは凶悪化したというデータがないにも関わらず取締りを強化し、その結果件数が増加したことに対して「青少年は凶悪化している」と述べているのだから、非常に性質の悪い問題であるといえよう。


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参考文献
(11)大村英昭『非行の社会学』
(12)堀康司『Q&A少年非行と少年法』
(13)小林道雄『世界』-少年事件への視点-
(14)寺尾史子『現代の少年と少年法』
(15)土井義孝『<非行少年>の消滅』
(16)藤本哲也『比較法雑誌十九巻』-マスメディアと有害性の概念-

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